同じ五分でも、待つ側からはどう見えるか。

朝日が差し込む会場で、がま口ネコが前の席に座って話し手に耳を傾けている。

倫理法人会のモーニングセミナーって、何をするところなのか。初めての人に伝えるなら、僕は「朝、いろんな人の話を聞くところです」と言いたいです。なかでも僕が面白いと思うのは、自分なら気にも留めないところを、別の人はよく見ていることです。

たとえば、待ち合わせに五分遅れそうな朝を想像してみます。向かっている僕には、あとどれくらいで着くかが分かります。もう角を曲がれば着く。ここで立ち止まって連絡するより、急いだ方が早いかな。そんな計算をするかもしれません。

ところが、待っている側の僕に見えるのは、約束の時刻を過ぎても相手がいない、ということだけです。道に迷ったのか、僕が場所を間違えたのか。入口でもう少し待つか、先に中へ入るか。五分という長さよりも、どう動いてよいか分からないことの方が気になります。

同じ僕でも、立つ場所を入れ替えたら、欲しいものが変わります。急いで来てほしいと思うより、「あと五分で着くから、中で待っていて」と一言もらえたら助かる。時計だけを見ていたら、そこまでは考えない気がします。

税理士の仕事に置き換えると、たとえば「この資料をお願いします」と頼む場面があります。頼む僕の頭には、それを使う理由も、どのページを見たいかもあります。でも、頼まれた人の手元には、似たような名前の書類が何枚もあるかもしれません。

その人が困るのは、書類を探す手間より、やっと見つけた一枚で本当に合っているか判断できないことかもしれない。もしそうなら、「早めにお願いします」と念を押すより、「この欄が載っているページです」と伝えた方が、ずっと親切です。

もちろん、相手の席に座ったつもりでも、僕の想像には限りがあります。だからこそ、いろんな仕事や暮らしをしている人の話を聞きたいです。僕なら「何分遅れたか」を話すところで、その人は「入口にずっと立っていたこと」を話すかもしれない。どこを覚えているかの違いに、その人から見えた景色が出るのだと思います。

話を聞くとき、早々に「それ、分かります」と自分の経験に引き寄せてしまうのは、少しもったいないですね。もし話の続きを聞けるなら、「そのとき、何がいちばん気になりましたか」と尋ねてみたいです。僕が気になったことと、同じ答えが返ってくるとは限りません。

次に事務所で誰かに資料をお願いするときは、送る前に、その依頼文だけを読んでみます。僕の机の上にある見本も、頭の中にある締め切りも見えないとして、それでも最初の一枚を選べるだろうか。迷いそうなら、目印を一つ添える。僕にとって視野を広げるとは、まず、そこまで相手の側に回ってみることです。

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